"La Peste" 2

 ウサマ・ビンラディンを殺害した。
 唐突なニュースがメディアからいっせいに速報されました。
「正義は遂行された」
 しばらくすると、オバマ大統領が高らかに宣言する映像がながれます。
 同時にニュース映像には、街なかに集い歓喜し、夜を徹してうかれたつ民衆の姿がうつしだされていました。

 それが敵であれ悪人であれ、暴力という手段で生きた血が流されてなされる処刑にたいし、大勢が声をあげ満たされた表情で祝福する様子には、違和感を、いや正直に言うと嫌悪を感じざるをえませんでした。
 日本の歴史に、そういう喜びかたがかつてあったでしょうか。
 私にはにわかに調べつくすことは困難ですし、そういう気持ちが動きません。
 その絵を想像することもできません。
 処刑を喜び集団で歓声をあげ街をねり歩くるなぞ、日本人の感覚とは乖離しているように思えます。
 かたや、欧州や中東では一神教徒の「正義」がたびたび戦争の根拠となり、歴史が血塗られてきたことは誰でも知っています。

 ひとつの処刑の背後には、たしかに夥しい米国同胞の死がありました。
 しかし報復と称し、たった一人の殺害を目的とした前例のない戦争がいまだにつづいている。
 そういう不可解な現実があり、その一人を援護したことを根拠に異国民の血がたくさん流されました。
 そのなかに米国人の「正義」なぞついぞ犯していない一般人がおおく含まれていたのも周知の事実です。
 彼らのあたたかい血は、鉛でできた冷徹な「正義」によって、かわいた砂の上で踏みにじられました。

 「ペスト」の燐光は、まだ秘かにそのひややかな炎をほそく保っていたようです。
 書棚の二段目の奥、所定の位置に返したはずのテキストを、私は再び引きだしてこなければなりませんでした。
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 前回私は、主にリウーの思想を考えました。
 処刑のニュースは、タルーの思想、すなわち非暴力についての考察を迫っているように感じられました。
 感心を逸らさず、ここで「正義」と「暴力」についてよく考えるべきではないかと。

 タルーは次席検事の息子として比較的裕福な家庭で育ちました。
 小説の中では「がっしりと彫りの深い顔に濃い眉毛を一文字に引いた、姿全体に重々しさのある、まだ若い男」で「いつもにこにこして」いると描かれています。
 彼は17歳になったある日、父の勧めで殺人事件の論告に立ち会うことになりました。
 そこで殺人犯が彼の父によってまさに死刑を言い渡される様子をつぶさに見ましたが、その罪人が怯えきっていることに強烈な印象を与えられました。
「僕はその男が実際に有罪だったと信じているし、それがどんな罪だったかはたいして問題じゃない」
「要するに・・・この男は生きていたのだ」
「ただ、みんながこの生きている男を殺そうとしていることを感じると、大波のようにすさまじい本能が、僕を一種の頑強な盲目さで、その男のかたわらに押しやった」
 犯人の背後にどんな罪があるのであれ、彼は死刑を「卑劣な殺人」と感じたのです。

 タルーは18歳で家を出ます。
 自活して貧乏を、すなわち不条理を知り、政治運動をやるようになります。
「ペスト患者になりたくなかった――それだけのことなんだ。僕は自分の生きている社会は死刑宣告という基礎の上に成り立っていると信じ、これと戦うことによって、殺人と闘うことができると信じた」
 ここでペストは「死の掟」で、ペスト患者は無意識的にではあっても死病を他者に感染させる人間です。
 私たちは米国のアフガニスタンにおける戦争を支援してきました。金銭的にも物質的にも、自衛隊員の労力としても。
 冷徹な「正義」を直接行使していなくてもその「正義」をうしろ支えすることによって、確実に「あたたかい血」を踏みにじったといえます。
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「全精神をあげてまさにペストそのものと闘っていると信じていた間にも、少なくとも自分は、ついにペスト患者でなくなったことはなかったのだ、ということを悟った」
「僕は、自分が何千という人間の死に間接に同意していたということ、不可避的にそういう死を引起すものであった行為や原理を善と認めることによって、その死を挑発さえもしていたということを知った」
「どうやら歴史は僕の考えを裏書きしたようだ。現在では、まるで殺し合いごっこだ。彼らはみんな殺戮の熱に浮かされている。そうして、彼らにはそれ以外にやりようがないのだ」
 タルーのことばはカミュが生みだして60年以上経ていますが、今回の殺戮をメディアで知ったときの私の気分を代弁して不思議に寸分たがいません。 
 「殺し合いごっこ」以外の何ものでないのに、私たちは「不可避的に」加担せざるをえないだけなのでしょうか。

 タルーはさらにつづけます。
「こんにちでは人を殺したり、あるいは殺させておいたりしないではいられないし、それというのが、そいつは彼らの生きている論理の中に含まれていることだからで、われわれは人を死なせる恐れなしにはこの世で身ぶり一つもなしえないのだ・・・そこで僕は心の平和を失ってしまった」
 まずは無知を自覚することからはじめなければなりませんが、知ることは良識を意識するものにとって心の平穏を乱しかねません。
 タルーの、すなわちカミュの決意と提案は、
「今後はもうペスト患者にならないように、なすべきことをなさねばならぬのだ。それだけがただ一つ、心の平和を、あるいはそれがえられなければ恥ずかしからぬ死を、期待させてくれるものなのだ」
「僕は、直接にしろ間接にしろ、・・・人を死なせたり、死なせることを正当化したりする、いっさいのものを拒否しようと決心したのだ」

 自分の眼でじっくりと観察し、つねに自分の心の奥の良心と照らし合わせる。
 メディアの恣意を鵜呑みにしない。
 そのうえで極力ペスト患者にならないような立場をとる。
 難しいことかもしれません。
 カミュもこういって憂慮をあらわしています。
「趣味のよさというものは物事を強調しないことにある」
 趣味の良い穏やかな紳士には、遠くの異教徒の死には無関心であるべきという態度が必要なのでしょうか。カミュはこういう人を「理性的な殺人者」と呼んでいます。
 少し逸れますが、数年前、最近運転停止された浜岡原発の危険性を何人かに語りかけたら、ことごとく拒絶の色を示されました。日本ではとくに、あいまいな態度が好まれるようです。批判は悪趣味で、あいまいな殺人者が好人物たる資格を得ます。

 さて、態度を決したタルーは、
「さしあたって、僕は、自分がこの世界そのものに対してなんの価値もない人間になってしまったこと、僕が人を殺すことを断念した瞬間から、決定的な追放に処せられた身となったこと、を知っている」
と、自分の社会的な安定を諦めます。その上で、
「できうるかぎり天災に与することを拒否しなければならぬ」
と決意します。天災はペスト患者、すなわち加害者になりうる被害者のことです。
 方法論の一つとして提案されるのは、
「人間のあらゆる不幸は、彼らが明瞭な言葉を話さないところから来るのだということを、僕は悟った。そこで僕は、間違えのない道をとるように、明瞭に話し、明瞭に行動することにきめた」
 日本人の一般的な態度、すなわち集団の和を第一に考えそのなかでおこりうる様々な矛盾には沈黙するといった行動様式はここで釘を刺されるようです。「理性的な殺人者」はあらゆる議論をもちかけて巧みにその正当性の傘の下に人々を導こうとします。そこに入った人は自らも「理性的な殺人者」に変貌します。それに抗して非暴力を貫くためには、恒常的な明瞭さ、留保のない態度が肝要とカミュはくり返し「ペスト」のなかで訴えています。
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 世界史のタペストリーをひもとけば、文明の誕生とともに人がいつも殺戮をくり返してきたことが分かります。
 一方、未開拓地の民族は、部族間抗争はあっても相手を殺し尽くすことはせず、戦いは殺戮が目的でなく人間の魂の高揚にあるとさえ考えられます。事実未開地にキリスト教が布教され抗争が教義によって禁止されると、その部族の人口が減ったとの記録があります。
 戦いは祭祀――それは人間の原始的な文化の中枢でしょうが――であり、その欠落は人間性の喪失につながったのでしょう。

 人間は、文明の萌芽とともに何か大切な精神性のひとつを失ったのかもしれません。
 またさらに、もうひとつの転機は明らかに20世紀の大量殺戮兵器の開発にあります。
 ひとりの友人の死はきわめて痛ましい。誰でも覚える感覚です。
 しかし、人が千人の死、十万人の死を、その千倍、十万倍の悲痛ととらえることをやめてしまったのは、いつの日のことだったのでしょう。

 非暴力を貫くためには、こういう忘却や感覚鈍麻を越える想像力が必要です。「正義」の発生学的考察も必要です。
 前米国大統領は、イスラム教の神とキリスト教の神は同じだと発言しています。
 ならば「正義」の根源も同一と考えるべきでしょう。
 対テロ戦争という戦争が理論的に成り立たないこと、そもそも破綻した考えであると「想像」してほしいものです。
 それは戦争ではなく、執拗な連鎖であるだけです。
 異教徒の血も同胞の血と同様にあたたかいことを、「想像」しつづけることが必要ではないでしょうか。

 さて、日本に住む私たちに出来ることのヒントは・・・
 それはタルーの多くの言葉のなかに、確実に存在すると私は思います。
 タルーはとるべき道についてリウーに問われ、「共感ということだ」と断言しています。
 そして「人は神によらずして聖者になりうるか――これが、こんにち僕が知っている唯一の具体的な問題だ」と加えます。
 
 最期にそれに対するリウーのひと言を。
「とにかくね、僕は自分で敗北者のほうにずっと連帯感を感じるんだ、聖者なんていうものよりも。僕にはどうもヒロイズムや聖者の徳などというものを望む気持ちはないと思う。僕が心をひかれるのは、人間であるということだ」
 タルーはこれを聞き、自分のほうが野心が小さいと言います。
「その顔は悲しげでまじめであった」とカミュは書いています。




 
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by musignytheo | 2011-05-15 19:53 | essay | Trackback | Comments(0)
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