カテゴリ:essay( 16 )

Parosmia 6

 昨年7月末、異嗅症を発症し、それについて私が調べることのできた知見を5回に分けてこのブログに掲載しました。
 近ごろほぼ毎日、「異嗅症」をキーワードに検索してこのブログにたどり着く方がいらっしゃるようですので、私の病状のその後について書いてみようと思いたちました。

 当帰芍薬散(トウキシャクヤクサン)とメコバラミンの内服を始めたのは、発症約50日後の昨年9月中旬からです。前者は本来1日3回使うべき薬剤ですが、下痢のため1日1回くらいしか飲めなかったことは第5報で報告しました。
 しばらく効果を実感することはできなかったのですが、2ヶ月目位から、つんと刺激するような異臭を感じることが少なくなり、年が明ける頃にはそれが確かなものとして実感できるようになりました。ワインの入ったグラスを近づけた時のトップノーズに不快感が少なくなったのです。また、グラスの底から湧きあがってくるような第2、第3アロマには異臭は感じなくなりました。
 コーヒーの香りが正常化したのもこの時期でした。
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 内服開始から半年程経った3月頃になると、トップノーズに感じていた灯油のような不快臭はなくなり、安心してワインが楽しめるようになりました。この状態は現在もつづいています。
 メンソールやハーブの香りもこの時期には異嗅を伴わなくなりました。
 薬をつづけるのが億劫になり、ちょうど残りがなくなった3月末、内服を中止しました。
 

 しかし完治したわけではないようです。
 生活に障ることはないものの、いまだに消えぬしつこさで、時々この病態を思いださせられています。
 明らかな異嗅として感じるのは、まずディーゼル車の排気ガスの臭い。そもそも不快な臭いですので、性質を違えて捉えたところで問題はありません。
 残念なことに、淡いピンク系のバラの香りが発症前と違います。
 不快に感じるわけではありませんが、まっすぐ伸びるフレッシュな芳香が捉えられず、何か生彩さを欠いた匂いに感じられます。
 白バラや濃い色のバラの香りは自然に感じられるのですから不思議です。
 吟醸酒の盃を鼻に近づけた瞬間にも、異嗅があります。
 しつこく記憶を辿ってもそのくらいしか思い浮かびませんので、ほぼ治癒したのだと認識を新たにしました。
 総じてどうやら、気化して立ちのぼってくるような、嗅細胞に速やかに届く香りに異嗅を感じやすい傾向にありそうです。「香り」の分子構造を研究している方に尋ねたら、原因となっている物質を特定できるのかもしれません。
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 感冒後異嗅症に対する私の仮説については、今も変更の必要性を感じていません。嗅細胞やその軸索が炎症によって障害を受け、嗅細胞から伸びる軸索が収斂すべき糸球体に接続されずエラーを起こすのが異嗅症の原因と考えます。嗅細胞は神経細胞ですので、軸索が整復されるのには時間がかかるはず。
 ここまで回復してきたのですから、接着分子や反発分子の機能も温存されていることでしょう。
 まだ完治の可能性はあると、気長に待ってみたいと思います。
 なお、当帰芍薬散やメコバラミンについて、使用者の直感として効果があったようだと感じていますが、科学的に証明するには当然RCTが必要です。しかし疾患の頻度が少ないことから、その実行は極めて難しいと言えそうです。
 ラットなどを使って人工的にその嗅粘膜を損傷させ、薬効を調べてみるのが現実的かも知れません。
 通常副作用のとても少ない薬ですので、私は使用の価値はあると思っています。


 
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by musignytheo | 2014-12-30 16:03 | essay | Trackback | Comments(3)

Parosmia 5

 7月末に異嗅症を発症し、揮発性の物質、ローズマリーなどのハーブ、ワイン、ある種の果物などに一つの異臭を感じるようになりました。
 しばらく様子を見ていましたが、盆を過ぎても不快な匂いの出現が収まらず、また耳鼻科にかかっても診断が得られなかったのをきっかけにこの症候について調べはじめ、異嗅症という病態があることを知りました。

<診断>(感冒後異嗅症)
 典型的な症状であれば、問診だけで診断がつくでしょう。
 ・感冒後嗅覚低下が見られたが、2ヶ月から数ヶ月を経て異臭を感じるようになる。
 ・異臭は特定の物質に対して感じ、どの原因物質でもほぼ同じ不快な匂いとして捉える。
 ・異臭はかつて嗅いだことのないような、石油のような匂いである。
 以上が典型的な問診内容です。
 鼻腔や副鼻腔の炎症による嗅覚障害の否定には耳鼻科的診察、腫瘍などによる嗅覚中枢の障害の否定にはMRI検査が有効です。嗅覚障害の程度や質を診断する方法には、T&Tオルファクトメータという基準臭を用いた閾値検査があります。

 厳密な嗅覚検査ではありませんが、試みにワインの香りのサンプルである "Le Netz du Vin" で嗅覚をチェックしてみました。
 治療開始前、8月下旬のことです。
 おそるおそるのテストでしたが、私の場合、53サンプルのすべての香りが異臭をともなわず嗅ぎ分けられたのです。
 香りの元となる分子は2000以上と考えられていて、それに比べたら勿論小さなサンプル数ですが、まさかすべて分かるとは思っていませんでした。
 肝心の本物のワインで異嗅を生じるのですから皮肉なものです。
 ただ、しばらく異嗅症と付き合ってみて、異臭を感じるのはワインでもハーブでも初めのアッタクにのみで、アルコールやエーテルなどによって立ちあがってくる匂いが異嗅の原因物質になっているように思えます。そういう揮発性の物質が去ったあとには、本来の香りを嗅ぎ分けることが出来るのです。
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<治療>
 残念ながら、感冒後異嗅症に対する充分なエヴィデンスを有した治療法はありません。
 一般に副腎皮質ステロイド剤の点鼻や内服、ビタミンB12製剤の内服などが用いられているようですが、PubMedで検索しても治療の科学的根拠となるような論文は見あたりませんでした。
 ウェブ上を検索すると、早期に副腎皮質ホルモンを使用しないと手遅れになるといった書き込みが散見されますが、これまで書いてきました異嗅症の発症機序を考えますと根拠に乏しいと思われます。それに発症時期が感冒後何ヶ月かを経てからですので、早期治療のしようがありません。
 かぜをひいて少しでも匂いが分かりづらくなったらすぐにステロイドというは、疾患の頻度を考慮すれば現実的でないと思います。

 例えば頻度の比較的高い末梢性顔面神経麻痺では、早期のステロイド治療が予後を改善させるというエヴィデンスが存在します。
 しかし顔面神経の細胞と嗅細胞の決定的な違いは、前者が再生能力に乏しいのに比し後者は常に脱落、新生をくり返しているところにあります。
 また、末梢性顔面神経麻痺の発症機序においては免疫学的な異常が関与していると考えられていますが、感冒後異嗅症ではそれはちょっと考えにくいでしょう。

 さて、三輪先生の論文では、対象症例数が不明ですが、漢方薬の当帰芍薬散を用いた治療法の有用性が示されています。
 ここでは当帰芍薬散内服例とステロイド点鼻例を比較しています。
   前者の治癒率:54.1%、 改善率:71.3%
   後者の治癒率:23.9%、 改善率:67.4% との記載です。
 当帰芍薬散には、中枢神経系におけるアセチルコリンエステラーゼの活性を高め、また神経成長因子の増加作用も有しているようです。私も、前述した通り9月中旬からこの当帰芍薬散を使用しています。
 本来ならば1日3回食間に内服しますが、私の場合下痢がひどくなってしまうため、1日1ないし2回の内服にとどめています。

 また、末梢神経治療薬のメコバラミン(ビタミンB12の一種)もよく治療に使われているようです。
 軸索再生や髄鞘形成を促進させる効果や挫滅させた神経における神経伝達物質の減少を抑制させることが動物実験で示されているようですが、異嗅症についてのエヴィデンスはありません。
 しかし薬価がとても安く副作用も極めて少ない薬ですので、私も漢方と一緒に使いはじめました。
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<予後>
 ほとんどの論文で感冒後嗅覚障害の改善率は40~60%となっています。
 ただ、嗅覚低下はなかなか認識しづらいこともありますし、認識していても医療機関にかからないケースの方がはるかに多いでしょうから、データは目安ということでしょう。
 Portierらの論文では、感冒後異嗅症の改善率(おそらく未治療)は41%としています。
 三輪先生の論文における治癒率は上記の通りですので、放っておいたらなかなか治癒しにく病気と言えそうです。

 以上5回に分けて、異嗅症について私が調べて理解できた範囲の事象を書き連ねてきました。
 エヴィデンスは少なく主観が多いのが難点ですが、参考にしていただけたら幸いです。
 5年ほどかかって治癒した症例の報告もありますので、焦らず諦めず、気長に対峙してゆきたいと思います。
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by musignytheo | 2013-10-22 19:25 | essay | Trackback | Comments(0)

Parosmia 4

 7月末、突然発症した私の異嗅症ですが、9月中旬から内服しはじめた漢方薬とビタミン剤のおかげなのか、それとも単なる自然経過なのか、若干軽快してきました。
 メンソールやアルコールを嗅ぐと例の石油香を感じはするのですが、その奥から本来の匂いもある程度分かるようになってきたのです。あくまでも、ある程度ではありますが。
 それでも改善には違いありませんので、気長に内服はつづけてみたいと思います。
 治療薬については、次のブログにまとめて記載する予定です。
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 さて、前回異嗅症についてのスペキュレーションをご紹介しましたが、最後に書きましたように、嗅細胞の個性の軸索末端におけるその表現についての論文を読んで、また違った仮説を考えてみました。
 2006年当時東大にいらした坂野先生、芹沢先生の「接着分子の組合わせによる神経個性の分子コード化」についての研究は、難解でしたが、少しずつ読み進めると概ね理解できました。
 脳は数千億個の神経細胞の集合体ですが、神経細胞はネットワークを形成しています。このいわば配線の先端では、お互い意味のある認識をしており、それゆえ高度な情報処理が行えるはず。この認識に用いられるコードの分子形態を嗅細胞をもちいて明らかにした研究のようです。

 ヒトの鼻腔の天井には嗅細胞が1千万個存在するようですが、この多数の嗅細胞が有する嗅覚受容体は約1000種類あることが分かっています。ところで、それぞれの嗅細胞にはたった一つの受容体しか存在しません。ここで検知した匂いの情報は電気信号に変換されて篩骨を貫いて嗅球に伝達されますが、前述したとおり匂いの分子と受容体は一対一対応ではありませんので、1000種類の受容体からの情報はあたかも電光掲示板の発火パターンのようになって脳に認識されていると考えられます。
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 さて、嗅細胞の軸索は嗅球のなかの糸球体という構造に集まりますが、糸球体の数は千対で、興味深いことにまさに1000種類の受容体にそれぞれ対応しています。ある受容体を持った嗅細胞の情報は、すべて特定の糸球体に収斂するというわけです。神経細胞(嗅細胞)の個性が発現する嗅覚受容体の種類として明確に定義できるのは、面白いですね。
 同種の受容体を持った嗅細胞の軸索末端は、同種の糸球体に集まってくる。それを可能にする分子構造の特定をしたというのがこの研究です。同じ受容体構造を有した嗅細胞由来の軸索を集め、同種同士を接着させるのが接着分子であり、異種の軸索末端の集合を阻止するのが反発分子。これらが制御されることで、1000種類ずつの嗅細胞と糸球体の機能的な対応が可能になっているのです。
 研究の実際は、一種類の嗅覚受容体遺伝子をほぼ独占的に発現するトランスジェニックマウスや、接着因子を強制発現する嗅神経細胞とそうでないものをほぼ半数ずつ作り出すモザイクマウスなどを用いて行われています。そして、詳細は省きますが、嗅覚受容体の種類によって規定される神経個性が電気信号の発生頻度に変換され、最終的には複数の接着分子の発現を制御する事により、それらの量と組み合わせという分子コードが軸索末端に表現されているのがつきとめられています。
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 この研究結果を鑑みて異嗅症を説明するとしたら。。
 外傷性の異嗅症の場合、篩骨の損傷も伴うでしょうから、当然糸球体も障害を受けると考えられます。しかし一様に広く嗅細胞が損傷を受けるとは考えにくい。外傷直後から異嗅症が発症しやすいのは、嗅細胞の個性に則した糸球体への軸索の収斂が阻害され、嗅中枢へ伝わる発火のパターンにエラーが生じるということでしょうか。
 感冒後異嗅症では、深部まで感染が及ぶとは考えにくく嗅粘膜までの損傷でしょうから、糸球体は正常のはず。ダメージを受けた嗅細胞が再生する過程で接着分子や反発分子の発現にエラーが生じ、収斂すべき糸球体に軸索が届いてゆかないのが原因でしょうか。当初は嗅細胞自体がある広さを持って一様にやられるために嗅覚低下が起こりますが、徐々に再生する過程で一部の収斂に生じたエラーが異なった匂いのパターンを生み出してしまうと考えることは可能と思われます。

                                         つづく
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by musignytheo | 2013-10-10 20:00 | essay | Trackback | Comments(0)

Parosmia 3

『異嗅症について』

<概念>
 異嗅症(parosmia)は嗅粘膜性嗅覚障害に分類され、感冒や外傷が原因となって「匂いが今までと異なって感じる」「どの匂いも同じ匂いとして感じる」といった症状を呈します。
 その多くは嗅覚低下や嗅覚消失を伴うと報告されています。
 異嗅症を引き起こす対象物としては、コーヒー、香水、果物(メロン、バナナ、柑橘)、ペパーミント、タバコ、チョコレートなどが多いようです。
 ここでは複雑化をさけるために、対象を感冒後異嗅症にしぼって述べてゆきたい思います。

<出現時期>
 感冒罹患後嗅覚障害では、障害発症直後に異嗅症を自覚する症例は23%と少なく、多くは発症後3ヶ月以上経ってから、なかには1年以上を経て自覚症状を感じるようです。
 かぜをひいてしばらくは匂いがよくわからなかったのだけれど、時を経て急に異臭を感じるようになるというのが一般的な発症様式です。
 私の場合もまさにこのパターンに属します。

<発症機序の推論>
 まず三輪先生の推論です。
 感冒罹患後嗅覚障害では、病変は嗅粘膜に限局されている可能性が高いと考えられます。
①変性した嗅細胞が、再生の際に本来結合すべき嗅糸球体への接合に乱れが生じた。すなわち嗅細胞と嗅糸球体との過誤接続が原因であろう。
②嗅細胞障害後、そのすべての再生が完成しないため、部分的に嗅細胞と嗅糸球体との接続が不十分であるのが原因であろう。
 これらの場合、匂いの分子が嗅神経受容体と結合しても従来と同様の反応パターンが得られないために異なる匂いとして認識されるのだと推測されます。
 異嗅症が障害発生後しばらく経ってから発症するのは嗅細胞の再生の過程で起こる病理と考えると、上記を裏付けすると思えます。
 すなわち、炎症によって嗅細胞と嗅糸球体との連絡が絶たれると、その程度や範囲によって嗅覚消失や低下が発生する。
 時間とともに嗅細胞が再生し、糸球体と再交通しはじめると嗅覚はもどってくる。
 しかしこの際に生じる過誤接続や系統的でない連続が異嗅症を発生させるのだろう。
 理にかなっていると思いました。
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Portierの推論は。。
 異嗅症をきたしやすい物質がコーヒー、香水、メロン、バナナ、柑橘類、タバコ、チョコレートであることは、多くの患者に共通している。
 これらすべてには、水溶性ポリフェノールであるタンニン酸が含まれている。
タンニン酸は食習慣や食事の代謝にある程度影響し、抗酸化作用や抗変異原性など多くの生物学的特性を持っているが、嗅粘膜や嗅覚神経組織の支持細胞におけるシトクロムP-450の統合に感受性の高い抗酸化物質としての特性が異嗅症の発生に関与しているのではないかと考えられる。
 興味深い推論ですが、異嗅症の感染後の遅発性を説明しにくいように思えます。
 ポリフェノールが関与する嗅細胞のみ、治癒機転が遅れるということでしょうか。
 私の場合、赤ワインで異嗅がおこるのに黒ぶどう(ベリーA)の果汁やチョコレートでは感じませんので、この仮説の関与は否定できませんが、これだけでは異嗅症を説明できない気がします。
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私の推論は、、
 嗅上皮に存在する嗅覚受容タンパクはマルチジーン群をなしていることが分かっているようです。
 これらは既にクローニングされており、ヒトでは約400の嗅覚受容遺伝子があるとのこと。
 ところでこれらの嗅覚受容タンパクは嗅覚上皮上に帯状に発現・分布しています。
 一方、嗅覚受容タンパクは様々な匂い物質のエピトーブを認識する(匂いの分子と受容体は一対一対応ではない)ものの、ある程度匂いの系統による局在性が存在すると動物実験から分かっています。
 感冒をきたすウイルスは100種類以上あり、多くの場合複合感染ですから、感染の病態は確率論から考えれば無数にあるといえます。
 例えばある感染が鼻腔の上部に炎症をおこしやすく嗅上皮に感受性が高いこともあるでしょう。また嗅上皮の中でも特定の部位に感染を強く起こしやすかったとすれば、ある系統の嗅覚に強く異常を来たしやすいこともあるでしょう。
 また、嗅上皮細胞の匂いに対する興奮応答性マトリックスを見ますと、ただ1種類の匂いに応答する嗅細胞はわずかで、多くは2~15種類の匂いに対応しています。
 単一嗅細胞の信号は、ただ一本の嗅神経によって嗅球に伝達され、また細胞間には連絡や干渉がないことも分かっています。
 以上から、嗅細胞の感受した刺激は嗅覚中枢で複雑な処理・統合を経て匂いとして意識にのぼることが推測され、治癒過程の局所的な差異に起因して異嗅症を発症することがあっても不思議ではないと考えました。
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・・・とここまで書いてから、2006年にかの"Cell"に掲載された東大の芹沢先生の論文を見つけました。
"A Neuronal Identity Code for the Odorant Receptor-Specific and Activity-Dependent Axon Sorting" という題のarticleですが、恐るべき内容の濃さで大変興味深く読ませていただきました。
 その結果、parosmiaに関する推論もちょっと考え直さねばいけないなと思っています、、、
 ブログに載せたばかりなのですが、汗。
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by musignytheo | 2013-10-02 20:02 | essay | Trackback | Comments(0)

Parosmia 2

8月のこと、しばらくワインから離れていました。
日本酒を試したら、旨味成分は味わえても吟醸香はまったく分からず、ただ不快な飲み物をのどに通しただけになってしまいました。
国産大手ビール会社の製品でも、異臭が本来の香りを打ち消しました。
残念なことに。
このタイミングで出会ったのが、よなよなエールビールでした。
不思議なことに、どの製品からも石油の匂いを感じませんでした。
しばらくこれでいけばいいぞとほっとして二度つづけたら、食事の余韻に退屈しました。
すばらしい飲み物だとは思うのですが、ゆっくり二時間、三時間かけて楽しむ食事には似合わない気がしました。
エールビールの体験は、そういうくつろいだ週末の食事が自分にとって大きな意味をもっていたと気づかせてくれる機会でした。
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先週末は、久しぶりにニュイのプルミエ・クリュを開けてみました。
たしかに例の異臭はしつこく鼻腔に張りついてくるのですが、果実香や大地のニュアンスはよくわかります。
ワインの複雑さや上質さもはっきりと。
ところが分析的にのぞんでみると、感じられる香りの総数がこれまでより少なく、石油香に圧倒されその陰に隠されてしまったた香りも多そうだと測ることができました。
しかし異臭のないエールビールよりも、多少の異臭には眼をつむり、代わりに得られるワインの余韻の充実感の方をとりたいと感じたのです。
驚きました。
ブショネはすべての香りを抑えてなお異臭を加えますが、異臭症では正常に感じられる香りも多いのが救いなのでしょうか。
ましだ、と判断する感覚には理論も理性も介在する余地はなく、大脳辺縁系の領域に属する本能的欲求の範疇なのかもしれません。
嗅覚は古い脳で識別されるようですので。
皮質に刻まれている、これまでの香りの体験が影響していることも確かでしょうが。
ちょっと大袈裟でした。
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さて、まともな話しも少し加えます。
嗅覚障害については金沢医科大学耳鼻咽喉科教授の三輪先生がお書きになった論文や学会発表の論旨がとても参考になりました。
その他、Franselli、 Portier、 Bonfils、 Landis、 Neundorferらの文献も参照しました。
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<嗅覚について>
嗅覚は五感の一つに数えられます。
匂いはどこで感じるのでしょう。
鼻腔の上壁から鼻中隔、上鼻甲介(鼻腔の奥の小さな骨)にかけての粘膜は、肥厚した嗅上皮という特殊な組織で覆われています。
嗅覚は、嗅上皮の中にある嗅細胞で受容され、匂いとして感受されるる化学的感覚です。
嗅細胞は神経細胞に由来する感覚細胞です。
一般に神経細胞は再生しないと言われていますが、嗅細胞は生涯保存されるわけではなく、損傷すると新たな細胞と入れ替わります。
常に脱落と新生をくり返し、炎症などで障害されても新たな再生が起こっているのです。
マウスの実験では、損傷を受けた嗅細胞は約4週間で再生するようです。
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<嗅覚障害>
嗅覚障害は発生する部位により、①呼吸性、②嗅粘膜性、③末梢神経性、④中枢性に分けられます。
このうち呼吸性嗅覚障害は、鼻や副鼻腔の異常により匂いの分子が嗅粘膜まで到達しないために発症するもので、そこまでの気流を回復させれば治癒します。
それ以外の嗅覚障害は、一般に神経性嗅覚障害と呼ばれています。
嗅粘膜性嗅覚障害は嗅細胞の障害によるものであり、そのほとんどを感冒罹患後の嗅覚障害が占めています。

まだ先は長くなりますので、今日はここまでにします。
実は9月中旬からつかいはじめた漢方薬が効いたためなのか、私の症状はほんの少し軽快してきました。

                                        つづく
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by musignytheo | 2013-09-25 19:50 | essay | Trackback | Comments(0)

Parosmia

5月下旬、ひどい風邪に罹りました。
38度台の発熱が四日もつづき、咳もともなって体力を消耗しましたが、一週間ほどで治りました。
念のためチェックしたインフルエンザ抗原は陰性でした。
鼻水・鼻づまりといったアレルギー症状はほとんどなかったのに、元気になってからも匂いが分かりづらいと感じていました。
かぜのせいだからそのうち治るだろうと気にも留めていませんでした。
ただ、コヒーの香りがひねたように感じたり、ワインの香りがほとんど分からないときにはやれやれいつ治るのかとがっかりしたのを思い出します。
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それよりこの夏の猛暑が問題だったのです。
7月に入るとすぐに梅雨が明け、いつもならばまだ鉛色の雲が空をおおっている時期なのに、真夏の強烈な陽射しが連日街を熱しつづけました。
地表がさめぬ間にまた朝がやってきて、日に日に気温が上がりました。
マシューが熱射病で体調を崩したのもこの頃です。
どうやって酷暑をやり過ごそうか。
エアコンの下でじっとしてばかりいても筋力が落ちて不健康だ。
犬の散歩や自分の運動のスケジュールを適宜シフトさせたり、暑さをしのぎやすくしかも体を冷やしすぎないように飲食を工夫してみたりしました。

7月も終わりにさしかかったある日、仕事で使う消毒用のアルコール綿(イソプロピルアルコール)で首を拭いたらー私はこのリフレッシュが好みなのですー強烈な異臭を感じ、思わず綿を手放しました。
間違って他の薬剤が浸されたかもしれないと思ったからです。
皮膚を糜爛させるようなものではまずいと一瞬怖れましたが、特に肌に異常を感じませんでしたので気を落ち着けて、そばにいたナースにその綿の匂いを嗅いでもらいました。
いつもとおなじ、という答えにはほっとした反面、いよいよ自分の嗅覚がおかしなことになっていると悟りました。
再び鼻に近づけてみました。
変性した灯油の(そんなものがあるのか、またあってもどんな匂いなのか知りませんが)異臭を連想します。
習った記憶はないものの、嗅覚障害ということばが浮かびました。

それでもまあそのうち治るだろうと気にも留めずにいたのですが、日常になかではっと異臭に驚かされることがつづきました。
庭のローズマリー、メンソールの入ったシャンプー、ある種の香水(特にハーブのアロマ)、歯磨きのペースト。
そしてなんと、このブログのタイトルの赤ワインも白ワインも、バラの香りもある一つの異臭に感じることが分かりました。
変性灯油、化学工場の工場の排水、腐った野菜を連想する匂いですが、かつて嗅いだ記憶のないものです。
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それでもそのうちに。
幸い普段の食事にほとんどその匂いは現れなかったのでやり過ごせたのでしょう。
最初のエピソードからひと月ほどが経っていました。
この間私が住む街は、気温が40度を超えたこともありました。
私の関心は、もっぱら酷暑をもたらす地球の温暖化と人間の物質欲との関係にありました。
ヒトの大脳の肥大がこの広大な地球の大地も海洋も大気までをも狂わせるに至ったとは、なんと恐ろしい。
私の身近で犬や馬が生き物の正しい生きかたを教えてくれているような。

猛暑日が16日つづいてようやく一段落した8月下旬、先輩夫妻が開業する耳鼻科のクリニックを受診しました。
診察の後、こういう症状は耳鼻科的には考えられないとお二人から告げられました。
心配ならばMRI撮影を受けてみてはと勧められました。
しばらく様子をみたいとお話ししてクリニックをあとにしました。
8月に入りずっとワインを断っていましたが、ちょうどその頃、イタリア料理店で試しに飲んだスプマンテからは、変性臭しか感じられませんでした。

私にとって大切なリフレッシュの機会であり数少ない趣味の一つであるワインの嗜み。
アルコール断ちはきっと心にも体にも良くはあるまい、ワインが駄目なら日本酒ならと奮発して手に入れた大吟醸酒も灯油の匂いなのでした。
次にはビール。
日本のビールは灯油でしたが、エールビールにはなぜか異臭を感じませんでした。
それで週末の嗜みは二回つづけてビールだったのですが、この20年間、毎週欠かさず次の週末のワインと料理を考え求めつづけてきた頭と舌には、まったくこの飲料と食事のスタイルがしっくりこないと分かりました。
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さて、この期に至ってやっと重い腰をあげ(老化で弱った頭に鞭を入れ)、ちょっと本気で文献を調べることにしました。
そして程なく異嗅症(いきゅうしょう;parosmia)という病態があることを知ったのです。
急性上気道炎(かぜ)や外傷が原因となって、「匂いが今までと異なって感じる」「どの匂いも同じ匂いとして感じる」といった症状を呈するのがこの疾患です。
この異臭は総じて不快な匂いであり、いままで経験したことのない匂いなので、患者は嗅覚低下よりも苦痛を感じることが多いようです。
人によっては内科や耳鼻科にかかっても診断がつかぬばかりか、精神症状の一つととらえられてしまい精神科を紹介されることもあるようです。

質問サイトなどを見てみましたら、この病気で困っている方が大勢いらっしゃることが分かりました。
ウェブ上を探してみますと、英語圏の医学論文はいくつかありました。
分かりやすい日本語で科学的に説明したサイトはあまり見当たりませんでしたので、専門外なのですが、このブログで私の調べたものを綴ってみたいと思います。

                                        つづく
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by musignytheo | 2013-09-19 19:28 | essay | Trackback | Comments(0)

Ma France, je t'adore!

 
 洗練されたことばと写真。 
 拙ブログにもときどきコメントしてくださる aix-en-provence さんが、本を上梓されました。
 初心者向けのフランス語旅行会話の本で、素敵な写真や思わずひきこまれるエッセイで彩られています。
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 初心者の立場になってわかりやすく使いやすく配慮がなされていて、手にすると心はフランスに飛びたちたくなりました。
 aix-en provence さんのブログと同様、写真はアーティスティックで構成も美しいです。

 旅行者の利便を考えてコンパクトなつくりに仕上げられたのでしょうが、私は写真とエッセイを楽しむ机上版もあればいいな、などと思ってしまいました。
 それほど写真がすばらしいのです。

 この本を片手に、フランスに出かけられるのはいつの日か。
 くたくたになるまでブドウ畑を歩きまわりたいものです。
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by musignytheo | 2012-01-26 19:32 | essay | Trackback | Comments(2)

千羽鶴

『「あの志野の湯呑み、持つてまゐりましたわ。」と、立つて行つた。
 文子は座敷にもどると、それをつつんだまま菊治の膝の前へおいた。
 しかし、菊治がためらつてゐるので、文子はそれを引きよせて箱から出した。(中略)
 その志野の白い釉はほのかな赤みをおびてゐる。
 しばらくながめているうちに、白の中から赤が浮かんで来るやうだ。そして口がこころもち薄茶色になつてゐる。』







 加藤唐九郎の、作爲の強ひ、おほきく歪み、ぼてりと下にふくらんだ志野茶碗に、川端の「千羽鶴」が引かれ添へられてゐました。
 押しつけがましく無骨な姿は、男茶碗にしか見えません。
 川端康成沒後三十年にあたる平成14年、サントリー美術館で彼のコレクションは初めて公開されたさうですが、其の後各地の美術館にもちまはられ、此の秋私の街にもやつてきました。
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「おそるべし! 川端康成コレクション」
 そんなタイトルで數年前、「藝術新潮」が卷頭特輯を載せましたが、此の表現に尊敬がないのは明らかです。
 浦上玉堂や池大雅などの文句ない一流品もあるが、上記の唐九郎の志野燒のやうな恐らく賛同するものの少ない作品もあり、また趣味に傾向がなく雜多な感じがする。
 小林秀雄=白州正子のグループは、嘲笑をこめさんざん陰口を言つてゐたやうです。

 私は、川端のコレクションの優劣には、興味がありません。
 更に、人間川端康成にも殆ど興味がなく、惹かれるのは彼のいくつかの作品にだけです。
 文學も藝術だとしたら、藝術を專門とする美術館の學藝員が、藝術性の高い「千羽鶴」と加藤唐九郎の此の志野燒をならべて評する感覺には、違和感をもたざるをえません。

「ただ、実際に持っている志野はちょっとどうでしょうね。私なら恥ずかしくて人にみせない」
と、文藝評論家の福田和也さんは述べていらつしやいますが、救ひは、「千羽鶴」の執筆時には志野燒はひとつも持つてゐなかつたと川端が書いてゐる事でせうか。



「志野の水指も筒茶碗も、私は買つて持つてはゐないから、目の前に見ながら書くといふことは出来なかつた。売りものの名品にもめぐりあはない。(中略)買つてみる人には、買つてみない人の美の感じ方を軽んじる傾きもあるが、あながち偏見とは片づけられない真実もあると思ふ。(中略)また名品は欲しい時にはいつでもあるわけではない。」




 「千羽鶴」後の川端にとつて加藤唐九郎が名品であつたのか、知る由もありませんが、川端が「買つて持つてはゐな」かつたから、あの魔界のやうにあやしく美しい作品が生まれたのかもしれません。

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「口紅が褪せたやうな色、紅ばらが枯れしぼんだやうな色ーそして、なにかについた血が古びたやうな色と思ふと、菊治は胸があやしくなつた。
 吐きそうな不潔と、よろめくような誘惑とを、同時に感じた。」








 「千羽鶴」は、今日的な倫理觀に照らすと、不道徳にただれた内容とも言へます。不倫や不貞が筋です。然し、假想の志野の觸感と女の肌の肉感をモチーフに、人のこころの深淵や世の中の不條理をあいまいなやうで美しくたたせた文章は魅力的です。
 「佛界入り易く、魔界入り難し」
 此の一休の言葉を川端が氣に入つてゐた事は良く知られてゐます。
 鬼も佛も入り亂れた俗世間の混沌から、眞の美を掬ひとる事、其れが「魔界に入る」ことなのでせうか。

 杉山寧さんの插繪の志野は、なかなかいいなと思ひます。
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 ところで、思ふにまかせて綴りましたが、以上はここ暫く考へつづけてゐる事のきつかけに過ぎません、笑。

 「川端コレクション」の會場で強く心惹かれた樂茶碗(實は東山魁夷のコレクション)から、樂初代長次郎の非相對性、兩儀性を考へる事に成りました。
 何をするにも相對化と云ふ作業を求められるいまの世の中。逃げたくなるやうな氣分から深澤七郎の「笛吹川」や川瀬敏郎の「今樣花傳書」を讀み、相對化から離れた世界を樂しみ乍ら、其の深層に想ひをめぐらせてゐるのです。


 つづきは、またそのうち、です。
 
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by musignytheo | 2011-11-20 19:38 | essay | Trackback | Comments(0)

"La Peste" 2

 ウサマ・ビンラディンを殺害した。
 唐突なニュースがメディアからいっせいに速報されました。
「正義は遂行された」
 しばらくすると、オバマ大統領が高らかに宣言する映像がながれます。
 同時にニュース映像には、街なかに集い歓喜し、夜を徹してうかれたつ民衆の姿がうつしだされていました。

 それが敵であれ悪人であれ、暴力という手段で生きた血が流されてなされる処刑にたいし、大勢が声をあげ満たされた表情で祝福する様子には、違和感を、いや正直に言うと嫌悪を感じざるをえませんでした。
 日本の歴史に、そういう喜びかたがかつてあったでしょうか。
 私にはにわかに調べつくすことは困難ですし、そういう気持ちが動きません。
 その絵を想像することもできません。
 処刑を喜び集団で歓声をあげ街をねり歩くるなぞ、日本人の感覚とは乖離しているように思えます。
 かたや、欧州や中東では一神教徒の「正義」がたびたび戦争の根拠となり、歴史が血塗られてきたことは誰でも知っています。

 ひとつの処刑の背後には、たしかに夥しい米国同胞の死がありました。
 しかし報復と称し、たった一人の殺害を目的とした前例のない戦争がいまだにつづいている。
 そういう不可解な現実があり、その一人を援護したことを根拠に異国民の血がたくさん流されました。
 そのなかに米国人の「正義」なぞついぞ犯していない一般人がおおく含まれていたのも周知の事実です。
 彼らのあたたかい血は、鉛でできた冷徹な「正義」によって、かわいた砂の上で踏みにじられました。

 「ペスト」の燐光は、まだ秘かにそのひややかな炎をほそく保っていたようです。
 書棚の二段目の奥、所定の位置に返したはずのテキストを、私は再び引きだしてこなければなりませんでした。
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 前回私は、主にリウーの思想を考えました。
 処刑のニュースは、タルーの思想、すなわち非暴力についての考察を迫っているように感じられました。
 感心を逸らさず、ここで「正義」と「暴力」についてよく考えるべきではないかと。

 タルーは次席検事の息子として比較的裕福な家庭で育ちました。
 小説の中では「がっしりと彫りの深い顔に濃い眉毛を一文字に引いた、姿全体に重々しさのある、まだ若い男」で「いつもにこにこして」いると描かれています。
 彼は17歳になったある日、父の勧めで殺人事件の論告に立ち会うことになりました。
 そこで殺人犯が彼の父によってまさに死刑を言い渡される様子をつぶさに見ましたが、その罪人が怯えきっていることに強烈な印象を与えられました。
「僕はその男が実際に有罪だったと信じているし、それがどんな罪だったかはたいして問題じゃない」
「要するに・・・この男は生きていたのだ」
「ただ、みんながこの生きている男を殺そうとしていることを感じると、大波のようにすさまじい本能が、僕を一種の頑強な盲目さで、その男のかたわらに押しやった」
 犯人の背後にどんな罪があるのであれ、彼は死刑を「卑劣な殺人」と感じたのです。

 タルーは18歳で家を出ます。
 自活して貧乏を、すなわち不条理を知り、政治運動をやるようになります。
「ペスト患者になりたくなかった――それだけのことなんだ。僕は自分の生きている社会は死刑宣告という基礎の上に成り立っていると信じ、これと戦うことによって、殺人と闘うことができると信じた」
 ここでペストは「死の掟」で、ペスト患者は無意識的にではあっても死病を他者に感染させる人間です。
 私たちは米国のアフガニスタンにおける戦争を支援してきました。金銭的にも物質的にも、自衛隊員の労力としても。
 冷徹な「正義」を直接行使していなくてもその「正義」をうしろ支えすることによって、確実に「あたたかい血」を踏みにじったといえます。
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「全精神をあげてまさにペストそのものと闘っていると信じていた間にも、少なくとも自分は、ついにペスト患者でなくなったことはなかったのだ、ということを悟った」
「僕は、自分が何千という人間の死に間接に同意していたということ、不可避的にそういう死を引起すものであった行為や原理を善と認めることによって、その死を挑発さえもしていたということを知った」
「どうやら歴史は僕の考えを裏書きしたようだ。現在では、まるで殺し合いごっこだ。彼らはみんな殺戮の熱に浮かされている。そうして、彼らにはそれ以外にやりようがないのだ」
 タルーのことばはカミュが生みだして60年以上経ていますが、今回の殺戮をメディアで知ったときの私の気分を代弁して不思議に寸分たがいません。 
 「殺し合いごっこ」以外の何ものでないのに、私たちは「不可避的に」加担せざるをえないだけなのでしょうか。

 タルーはさらにつづけます。
「こんにちでは人を殺したり、あるいは殺させておいたりしないではいられないし、それというのが、そいつは彼らの生きている論理の中に含まれていることだからで、われわれは人を死なせる恐れなしにはこの世で身ぶり一つもなしえないのだ・・・そこで僕は心の平和を失ってしまった」
 まずは無知を自覚することからはじめなければなりませんが、知ることは良識を意識するものにとって心の平穏を乱しかねません。
 タルーの、すなわちカミュの決意と提案は、
「今後はもうペスト患者にならないように、なすべきことをなさねばならぬのだ。それだけがただ一つ、心の平和を、あるいはそれがえられなければ恥ずかしからぬ死を、期待させてくれるものなのだ」
「僕は、直接にしろ間接にしろ、・・・人を死なせたり、死なせることを正当化したりする、いっさいのものを拒否しようと決心したのだ」

 自分の眼でじっくりと観察し、つねに自分の心の奥の良心と照らし合わせる。
 メディアの恣意を鵜呑みにしない。
 そのうえで極力ペスト患者にならないような立場をとる。
 難しいことかもしれません。
 カミュもこういって憂慮をあらわしています。
「趣味のよさというものは物事を強調しないことにある」
 趣味の良い穏やかな紳士には、遠くの異教徒の死には無関心であるべきという態度が必要なのでしょうか。カミュはこういう人を「理性的な殺人者」と呼んでいます。
 少し逸れますが、数年前、最近運転停止された浜岡原発の危険性を何人かに語りかけたら、ことごとく拒絶の色を示されました。日本ではとくに、あいまいな態度が好まれるようです。批判は悪趣味で、あいまいな殺人者が好人物たる資格を得ます。

 さて、態度を決したタルーは、
「さしあたって、僕は、自分がこの世界そのものに対してなんの価値もない人間になってしまったこと、僕が人を殺すことを断念した瞬間から、決定的な追放に処せられた身となったこと、を知っている」
と、自分の社会的な安定を諦めます。その上で、
「できうるかぎり天災に与することを拒否しなければならぬ」
と決意します。天災はペスト患者、すなわち加害者になりうる被害者のことです。
 方法論の一つとして提案されるのは、
「人間のあらゆる不幸は、彼らが明瞭な言葉を話さないところから来るのだということを、僕は悟った。そこで僕は、間違えのない道をとるように、明瞭に話し、明瞭に行動することにきめた」
 日本人の一般的な態度、すなわち集団の和を第一に考えそのなかでおこりうる様々な矛盾には沈黙するといった行動様式はここで釘を刺されるようです。「理性的な殺人者」はあらゆる議論をもちかけて巧みにその正当性の傘の下に人々を導こうとします。そこに入った人は自らも「理性的な殺人者」に変貌します。それに抗して非暴力を貫くためには、恒常的な明瞭さ、留保のない態度が肝要とカミュはくり返し「ペスト」のなかで訴えています。
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 世界史のタペストリーをひもとけば、文明の誕生とともに人がいつも殺戮をくり返してきたことが分かります。
 一方、未開拓地の民族は、部族間抗争はあっても相手を殺し尽くすことはせず、戦いは殺戮が目的でなく人間の魂の高揚にあるとさえ考えられます。事実未開地にキリスト教が布教され抗争が教義によって禁止されると、その部族の人口が減ったとの記録があります。
 戦いは祭祀――それは人間の原始的な文化の中枢でしょうが――であり、その欠落は人間性の喪失につながったのでしょう。

 人間は、文明の萌芽とともに何か大切な精神性のひとつを失ったのかもしれません。
 またさらに、もうひとつの転機は明らかに20世紀の大量殺戮兵器の開発にあります。
 ひとりの友人の死はきわめて痛ましい。誰でも覚える感覚です。
 しかし、人が千人の死、十万人の死を、その千倍、十万倍の悲痛ととらえることをやめてしまったのは、いつの日のことだったのでしょう。

 非暴力を貫くためには、こういう忘却や感覚鈍麻を越える想像力が必要です。「正義」の発生学的考察も必要です。
 前米国大統領は、イスラム教の神とキリスト教の神は同じだと発言しています。
 ならば「正義」の根源も同一と考えるべきでしょう。
 対テロ戦争という戦争が理論的に成り立たないこと、そもそも破綻した考えであると「想像」してほしいものです。
 それは戦争ではなく、執拗な連鎖であるだけです。
 異教徒の血も同胞の血と同様にあたたかいことを、「想像」しつづけることが必要ではないでしょうか。

 さて、日本に住む私たちに出来ることのヒントは・・・
 それはタルーの多くの言葉のなかに、確実に存在すると私は思います。
 タルーはとるべき道についてリウーに問われ、「共感ということだ」と断言しています。
 そして「人は神によらずして聖者になりうるか――これが、こんにち僕が知っている唯一の具体的な問題だ」と加えます。
 
 最期にそれに対するリウーのひと言を。
「とにかくね、僕は自分で敗北者のほうにずっと連帯感を感じるんだ、聖者なんていうものよりも。僕にはどうもヒロイズムや聖者の徳などというものを望む気持ちはないと思う。僕が心をひかれるのは、人間であるということだ」
 タルーはこれを聞き、自分のほうが野心が小さいと言います。
「その顔は悲しげでまじめであった」とカミュは書いています。




 
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by musignytheo | 2011-05-15 19:53 | essay | Trackback | Comments(0)

"La Peste" Albert Camus

 アルベール・カミュの「ペスト」を読みました。
 新潮文庫、宮崎嶺雄訳のものです。

 「ペスト菌は・・・数十年の間、家具や下着類のなかに眠りつつ生存することができ、部屋や穴倉やトランクやハンカチや反古のなかに、しんぼう強く待ちつづけていて・・・」と末尾にありますが、手にした本は私の書斎の本棚、二列目の奥の仄暗い空間に微かな呼吸で生きながらえていました。
 3月23日の某新聞紙上で仏文学者の鹿島茂氏が「ペスト」を引いて今度の大震災について考察されていましたが、その記事を見た瞬間、ふと背筋に悪寒がはしりました。もちろんその内容に起因した感覚ではありません。
 ここ数ヶ月、この本が書斎の奥のそこに居て、不気味な燐光を放ちながら私に語りかけようとしていると感じていたからです。これほどの天災が起こるまえに手にしていたとしても、今こうやって凄惨な状況を知ってから手にしたにせよ、結局「ペスト」は私に災禍について警告するために存在していたような不思議な感覚をおぼえます。


 究極の不条理である天災は、避けられぬもの、いつかどこかで人類が必ず経験するものでしょうが、人は日常努めてそれを忘れようと思考し行動するものです。これはあたかも、誰もが我が身に必ず死がおとずれると知っているのに、普段それを現実のこととして考えないようにしているの同じです。カミュはリウーの口を使って「この世の秩序は死の掟に支配されている」とくり返し語ります。「死の掟」には眼をつぶり、現世的な消費や恋愛にいそしんでいるのが多くの現代人の生活でしょう。
 しかし3月11日、「死の掟」は瞬時に大地に巨大な開口部をつくりました。そこからあらゆる災禍が一気に噴出しました。21世紀の日本の関東に「ペスト」の世界が忽然と現出したのです。私たちは「死の掟」を目の前に突きつけられました。
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 「ペスト」はカミュの不条理の哲学を小説という形式に緻密に打ちこんだものです。読んでいて心動かされるフレーズが随所に見られました。ここで示されたその思想は、六十年以上の歳月を経ていっこうに風化せず、きわめて新鮮で切実なものに感じました。サルトルには論破されたのかもしれませんが、私は不条理を知った人間の選択の一つとして極めて真っ当な考え方だと感じたのです。この文章を書こうと思った動機はここにあります。

 この小説は医師リウーのペスト災禍における「犠牲者の側に与した」記録を主軸に、「人生(=不条理)について、もうすっかり知っている」と自認するタルーの「瑣末事ばかりとりあげる方針に従ったと思われる、きわめて特殊な記録」によって広がりや奥深さをえる、という構成になっていると読めます。

 リウーは神を信じていません。世界は「死の掟」に支配されていると考えます。
 リウーは「誠実さ」を重んじます。しかし人間社会に過度な期待はしていません。
「僕は留保のない証言しかみとめないんです」
「これは自分の暮らしている世界にうんざりしながら、しかもなお人間同士に愛着をもち、そして自分に関するかぎり不正と譲歩をこばむ決意をした人間の言葉である」
とリウーはいいます。ここにカミュの不条理に対する立場が明示されています。
 すなわち、世界を支配しているのは「死の掟」=不条理であり、人間はそれに影響を及ぼすことは不可能である。しかし決して不条理に屈することなく、人間は「邪悪であるよりむしろ善良」と信じ、誠意をもって行動するべきだ。
 ただし、たびたびくり返されるのは「ヒロイズムを信じない」という言葉であり、
「同情がむだである場合、人は同情にも疲れてしまうのである。そして心の扉がおのずから徐々に閉ざされていくその感じのうちに、医師はこういう圧しつぶされそうな日々の唯一の慰めを見いだしていたのであった」
「抽象と戦うためには、多少抽象と似なければならない」
「彼はまた、抽象が幸福にまさる力をもつものになることがあり、その場合には、そしてその場合にのみ、それを考慮に入れなければならぬ、ということを知っていた」
 ここで抽象は不条理のことを示します。
 タルーの「なぜ、あなた自身は、そんなに献身的にやるんですか、神を信じていないといわれるのに?」という問いに対し、リウーは、
「もし自分が全能の神というものを信じていたら、人々を治療することはやめて、そんな心配はそうなれば神に任せてしまうだろう、・・・世に何びとも、・・・かかる種類の神を信じていないのであって、その証拠には何びとも完全に自分をうちまかせてしまうということはしないし、そして少なくともこの点においては、彼リウーも、あるがままの被造世界と戦うことによって、真理への路上にあると信じているのだ」
と応えています。
 カミュは不条理論者であるがゆえの無神論者といえそうです。
 対蹠的に人間を「人間のなかには軽蔑すべきものよりも賛美すべきもののほうが多い」と信じています。殺人者さえも、ただ盲目であるだけだと考え、「明識なくしては、真の善良さも美しい愛も存在しない」と真の理解の重要性を訴えます。
 タルーは訊きます。
「誰が教えてくれたんです。そういういろんなことを?」
 リウーの答えは明快です。
「貧乏がね」
 戦争や天災にまきこまれぬかぎり、多くの人にとって貧困こそが最も一般的でしかも深刻な不条理に違いありません。


 さて、タルーの立場はリウーと大きく異なりませんが、特徴的なのは非暴力主義です。
「こんにちでは人を殺したり、あるいは殺させておいたりしないではいられないし、それというのが、そいつは彼らの生きている論理のなかに含まれていることだからで、われわれは人を死なせる恐れなしにはこの世で身ぶり一つもなしえないのだ」
「なすべきことをなさねばならぬのだ、それだけがただ一つ心の平和を、あるいは・・・恥ずかしからぬ死を期待させてくれるものなのだ」
「そういう理由で、僕は、・・・人を死なせたり、死なせることを正当化したりする、いっさいのものを拒否しようと決心したのだ」
 カミュはキリスト教もそして当時東ヨーロッパを暴力で壟断していたコミュニスムをも否定し、独自の第三の立場をとったことがうかがえます。
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 人は神なしで生きてゆけるのか?
 全能の唯一神を信仰する宗教が一般的な地域では、この問いかけは重大なことでしょう。カミュが神というとき、その神はもちろん一神教の神です。神について考えるとき、それは全てか無かの選択を迫る神です。半ば信じ半ば信じないという選択はありません。
 ここに登場するキリスト者パルヌーも、その選択において当然ながら、しかし苦悩したすえペストの身を放棄し神への帰依をとりました。
 神を捨てたカミュは、人を殺してしまう怖れから逃れ心の平和を得るためには、ただ行動するしかないとくり返し訴えます。心の平和はそれによってのみ得られる可能性があるといいます。
 しかしなすべきことに全力を尽くし、結果ペストに罹ったタルーには決して心の平和は訪れず、彼が手にしたのは「恥ずかしからぬ死」だけでした。カミュの哲学に添って生きた場合、心に平静はあっても平和はないといえそうです。


 我々日本人が神を考えるときそれは神社の神であり釈迦でもあって、多くの人の心に神仏混淆が根ざしています。先祖の霊に救済を祈ったり海や山の神に豊漁や豊穣を祈ったりします。日本人が祈るとき、その対象が多数の神々もしくは神に準じた力になることは度々です。
 日本人は伝統的に稲作を生活の糧にしてきました。稲作を支配するのは雨であり太陽です。また雨水を蓄えるのは山であり森です。したがって自然に対する畏敬の念が育ちやすく、また他の動物と共存する気持ちがはたらきやすくなります。自然のいたるところに神が存在すると認識する汎神論・多神教が誕生しやすい土壌をもつと考えられます。
 方や狩猟民族、遊牧民族であるヨーロッパ人は、自然(動物)を支配することによって生活してきました。ここでは支配者たる人間の力に重きがおかれ、自然は支配されるべきものと考えやすい。そういう思考から生まれてくるのは、支配者たる神、自然の創造者たる神、つまり一神教ということになるのでしょう。
 さて、多神教の神は人間的な性格を有し、極めて人間的にふるまうのが一般です。神道はもとより古代ギリシャ、ヒンドゥー、ケルトなどを見ても明らかです。そこには川端が「抒情歌」でいう「裸で晴天の青草の上に踊るようなすこやかさ」が感じられます。
 私は多神教の「おおらかさ」「あいまいさ」が不条理と対峙した際の人間的強靭さをもたらすのではないかと考えます。一神教文化の影響下で育ってそこで生活する人が神を捨て、カミュ的不条理の哲学に添って生きるのはかなりしんどいのではないかと私には思われます。そういう人が、果たして実際にどのくらい存在していたでしょうか。
 不条理との戦いが「際限のない敗北」と認めながら、過度に人間に期待しすぎないカミュ的ヒューマニズムを武器に不条理に抵抗できるのは、不条理を理解し、それゆえ敗北を受け入れ心の平和を諦めたリウーやタルーのような人間にしかなしえないと思います。
 不条理に対して無知な不条理人たるグランのような人間も抵抗する力量を有すのでしょう。カミュはあえて彼を不条理のヒーローと書きこんでいますが、さて、こういう種類の人間は希有な気がします。

 今回被災地において私たちの同胞がとった思考や行動に、私は多神教的「おおらかさ」を感じます。東北人はさらにその特徴が色濃い気もします。
 残虐で無慈悲な大量殺戮にたいしても、自然という人間にはどうにも力の及ばない大きな力が下した裁決と、ただひれ伏し泣き崩れ従った。決して恨んだり八つ当たりしたりしなかったのです。天災を不条理と考えるよりも自然本来の姿と捉えた。そこに戦いはなく、よって敗北もなかったわけです。
 こういう立場は、見方によるとカミュ的不条理論よりもしなやかで強靭であると私は思います。
 彼らはきっと立ちあがることでしょう。そして戦いの場につくのではなく、いにしえからつづけられてきた自然との知恵比べに再びとりかかるのだと思います。

 「ペスト」には、天災が発生した際、政府や関係当局がどう動くかについても詳細な検討がなされています。それは時間を越え遠くはなれた日本の地においてもことごとくあてはまるものでした。
 筆致が感情的にならず簡潔で、そこかしこに象徴や哲学的示唆がちりばめられているせいで、一般的な当時のフランス文学にない独特の趣があります。そのため私のこの文章にも多く引いてきたいという欲求が抑えられませんでした。
 ひとつ読後心の澱として残ったのは、カミュはリウーの母以外になぜ女性を登場させなかったかという点です。

 前出の鹿島茂氏は「カミュは『ペスト』的な不条理と戦おうとすると『ペスト』よりも悪いスターリニズムというスーパー不条理を呼び込んでしまう危険性を警告しているのである」と警告しています。
 「貧困という不条理と戦ったことのない今の日本人の中から、地震・津波・原発事故といった究極の不条理と戦える指導者が現れるだろうか?」と悲観的な意見を漏らしています。
 答えは氏の論説から三週間が経った今日の状況を見れば、誰の目にも明らかです。歴史は貧困、成長、完成、爛熟、斜陽、瓦解をくり返すのでしょうか。
 しかし不条理とやり合える指導者(カミュは冷笑するでしょうが)が生まれるとしたら、私はスターリニズムよりもファッシズムが台頭するのではないかと危惧します。瓦解のあとの貧困は、その最適な培地です。無策の政府が生きながらえ経済がさらに落ちこんで失業率が上昇、インフレでも起ころうものなら一気にその危険は現実味を帯びるでしょう。

 私は最後に考えなければなりません。
 原発事故は、鹿島氏が言うように本当に究極の不条理かと。
 居住地から立ち退きを余儀なくされた人々にとってそれが現実の不条理であることに疑いはありません。しかし、今や世界が注目する福島の鳥瞰図に不条理の匂いはないと言えるでしょう。不条理は描けないもの、実体のまるでつかめぬもの。色はなく輪郭もなくふと現われておおい尽くし、徹底的に奪い、またふと音もなく立ちさり死の記憶だけを残すもの。
 ところが、原発事故は感心の薄いものには虚偽で塗り固められた高い壁として、目を凝らしてみる者には黒々とした政治腐敗の血痕、資本原理主義的企業論理の業火、政・官・業・報の赤く爛れた癒着の病巣として地獄図の如く映しだされています。
 不条理に有効な日本的「おおらかさ」がこの人災に盲目であることが今の日本の最も忌むべき病理である、そんな気がしてなりません。
「おおらかさ」はごく小さなコミュニティにおける不正に寛容です。馴れ合いは甘く淀んだ心のよりどころです。しかしその単位は個人の意識できぬ間に微小から極大にまで膨張し、不正が地域、市町村、都府県、そして国全体に蔓延している気がします。
 日本人は礼を重んじ義理堅い。和を尊び仲間内の論理を大切にします。ところが一神教の神をもつ民族のような神との契約に基づく「正義」という感覚が欠落しているようです。法に抵触しなければよい、もしくは法を多少犯してはいてもそれが集団的になされていればよろしいという感覚がはびこっています。うちなる道徳の声に耳を澄まし正義を遂行しようとする使命感が乏しいともいえます。
 自分が属す集団の論理を重んじ、そのなかの和を保つためには悪に目をつむり正義をもちだすことを野暮として避けようとするものです。
 こういう感覚鈍麻は、今回の原発事故のような巨悪に由来する人災の前でさえ不感症の皮膚を脱ぎすてることを拒みます。

 3月11日を境にして世界が一変したと感じるのは、いまの日本人の多くが共有する感覚です。「ペスト」の世界の現出は、この変化をどう捉えてどう行動に移すべきかを強硬に迫ってきています。
 不条理にどう向かうかを熟知する日本人は、何より人災に悪にどう立ち向かうかを知るべきです。政治を責める前に、正義とは何かを問いなおす必要があります。それができなければ、再び「貧困」の焼け野原に立つことになると覚悟しなければなりません。
 

 
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by musignytheo | 2011-04-16 19:58 | essay | Trackback | Comments(0)


Wine and Roses, Dalmatian and Labrador.


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