Parosmia 5

 7月末に異嗅症を発症し、揮発性の物質、ローズマリーなどのハーブ、ワイン、ある種の果物などに一つの異臭を感じるようになりました。
 しばらく様子を見ていましたが、盆を過ぎても不快な匂いの出現が収まらず、また耳鼻科にかかっても診断が得られなかったのをきっかけにこの症候について調べはじめ、異嗅症という病態があることを知りました。

<診断>(感冒後異嗅症)
 典型的な症状であれば、問診だけで診断がつくでしょう。
 ・感冒後嗅覚低下が見られたが、2ヶ月から数ヶ月を経て異臭を感じるようになる。
 ・異臭は特定の物質に対して感じ、どの原因物質でもほぼ同じ不快な匂いとして捉える。
 ・異臭はかつて嗅いだことのないような、石油のような匂いである。
 以上が典型的な問診内容です。
 鼻腔や副鼻腔の炎症による嗅覚障害の否定には耳鼻科的診察、腫瘍などによる嗅覚中枢の障害の否定にはMRI検査が有効です。嗅覚障害の程度や質を診断する方法には、T&Tオルファクトメータという基準臭を用いた閾値検査があります。

 厳密な嗅覚検査ではありませんが、試みにワインの香りのサンプルである "Le Netz du Vin" で嗅覚をチェックしてみました。
 治療開始前、8月下旬のことです。
 おそるおそるのテストでしたが、私の場合、53サンプルのすべての香りが異臭をともなわず嗅ぎ分けられたのです。
 香りの元となる分子は2000以上と考えられていて、それに比べたら勿論小さなサンプル数ですが、まさかすべて分かるとは思っていませんでした。
 肝心の本物のワインで異嗅を生じるのですから皮肉なものです。
 ただ、しばらく異嗅症と付き合ってみて、異臭を感じるのはワインでもハーブでも初めのアッタクにのみで、アルコールやエーテルなどによって立ちあがってくる匂いが異嗅の原因物質になっているように思えます。そういう揮発性の物質が去ったあとには、本来の香りを嗅ぎ分けることが出来るのです。
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<治療>
 残念ながら、感冒後異嗅症に対する充分なエヴィデンスを有した治療法はありません。
 一般に副腎皮質ステロイド剤の点鼻や内服、ビタミンB12製剤の内服などが用いられているようですが、PubMedで検索しても治療の科学的根拠となるような論文は見あたりませんでした。
 ウェブ上を検索すると、早期に副腎皮質ホルモンを使用しないと手遅れになるといった書き込みが散見されますが、これまで書いてきました異嗅症の発症機序を考えますと根拠に乏しいと思われます。それに発症時期が感冒後何ヶ月かを経てからですので、早期治療のしようがありません。
 かぜをひいて少しでも匂いが分かりづらくなったらすぐにステロイドというは、疾患の頻度を考慮すれば現実的でないと思います。

 例えば頻度の比較的高い末梢性顔面神経麻痺では、早期のステロイド治療が予後を改善させるというエヴィデンスが存在します。
 しかし顔面神経の細胞と嗅細胞の決定的な違いは、前者が再生能力に乏しいのに比し後者は常に脱落、新生をくり返しているところにあります。
 また、末梢性顔面神経麻痺の発症機序においては免疫学的な異常が関与していると考えられていますが、感冒後異嗅症ではそれはちょっと考えにくいでしょう。

 さて、三輪先生の論文では、対象症例数が不明ですが、漢方薬の当帰芍薬散を用いた治療法の有用性が示されています。
 ここでは当帰芍薬散内服例とステロイド点鼻例を比較しています。
   前者の治癒率:54.1%、 改善率:71.3%
   後者の治癒率:23.9%、 改善率:67.4% との記載です。
 当帰芍薬散には、中枢神経系におけるアセチルコリンエステラーゼの活性を高め、また神経成長因子の増加作用も有しているようです。私も、前述した通り9月中旬からこの当帰芍薬散を使用しています。
 本来ならば1日3回食間に内服しますが、私の場合下痢がひどくなってしまうため、1日1ないし2回の内服にとどめています。

 また、末梢神経治療薬のメコバラミン(ビタミンB12の一種)もよく治療に使われているようです。
 軸索再生や髄鞘形成を促進させる効果や挫滅させた神経における神経伝達物質の減少を抑制させることが動物実験で示されているようですが、異嗅症についてのエヴィデンスはありません。
 しかし薬価がとても安く副作用も極めて少ない薬ですので、私も漢方と一緒に使いはじめました。
e0163202_185519100.jpg



<予後>
 ほとんどの論文で感冒後嗅覚障害の改善率は40~60%となっています。
 ただ、嗅覚低下はなかなか認識しづらいこともありますし、認識していても医療機関にかからないケースの方がはるかに多いでしょうから、データは目安ということでしょう。
 Portierらの論文では、感冒後異嗅症の改善率(おそらく未治療)は41%としています。
 三輪先生の論文における治癒率は上記の通りですので、放っておいたらなかなか治癒しにく病気と言えそうです。

 以上5回に分けて、異嗅症について私が調べて理解できた範囲の事象を書き連ねてきました。
 エヴィデンスは少なく主観が多いのが難点ですが、参考にしていただけたら幸いです。
 5年ほどかかって治癒した症例の報告もありますので、焦らず諦めず、気長に対峙してゆきたいと思います。
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by musignytheo | 2013-10-22 19:25 | essay | Trackback | Comments(0)
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